2024年7月に開催されたISMTE(International Society of Managing and Technical Editors)の参加報告の第2弾です。中国の研究事情に関する興味深いセッションがありましたので報告します。
(第一弾『ISMTE参加で見えてきた、投稿先に“選ばれる基準”とは?』はこちら)
ご存じの通り中国は、2020年には米国を追い越し、世界最大の研究成果の生産国となりました。多くの日本のジャーナルにも、中国からたくさん投稿されています。つまり中国人著者の関心を惹き続けることが、これからの日本のジャーナルにとり重要な運営上の関心事となるでしょう。
1.中国研究の躍進を支えるものとは
強い国際誌志向
中国では中文誌よりも国際誌(特に英文誌)で発表することが重要視されています。中国国内でも多くの英文誌が創刊されていますが、実際大部分の研究は国際誌で発表されています。SCIE(Science Citation Index Expand)収載誌において、中国からの研究の95%は国際誌に掲載されており、国内誌は5%に過ぎませんでした。
中国研究の影響力はもはや無視できないほど大きくなっています。質の高い論文を集めるために、学術出版上のステークホルダーの大きな割合を中国が占めていることを深く認識し、中国研究者のニーズに応えていく必要があります。
政府主導・潤沢な研究資金
中国では政府が主導し、様々な組織がテクノロジー、ヘルスケア、持続可能な開発といった、戦略的に重要なカテゴリのサポートを、強力に推し進めています。中国の主要な研究助成機関を挙げてみます。
・National Natural Science Foundation of China (NSFC):中国国務院直属の研究資金援助機関で、様々な分野の基礎研究をサポート。
・Ministry of Science and Technology (MOST):国の科学技術の方針や企画と資金援助について責任を持ち、国の主要な研究開発プロジェクトを支援して、実行を監督。
・Chinese Academy of Science (CAS):中国国務院直下の研究機関で、全国に100以上の機関を従え、自然科学やテクノロジーの分野で先進的な研究を実施。数えきれないほどの研究所が運営されており、先鋭的なプロジェクトへの出資や、AI、バイオテクノロジー、宇宙探索、環境保護など、中国の戦略的に重要な分野での研究を主導する。
・Ministry of Education (MOE):中国教育部。大学や高度教育機関における教育や学術研究を監督。研究助成金を、人間社会科学分野を中心に大学へ分配。
大学間の熾烈な競争
様々な助成金を継続・確保するために、大学間の競争が熾烈です。そういう環境の中から、研究機関同士の協力やイノベーションがどんどん創り出されています。
2.一方で、リサーチ・インテグリティの低さは問題
学術界における中国の存在感が増す一方で、呼応するように不正の数が爆発的に増えてきました。世界の撤回論文の大部分に中国の研究者が共著者として含まれているという調査結果もあります。
大手出版社のHindawi*を例にとると、出版されたあと撤回となった9,600の論文のうち、8,200もの論文の共著者に中国人が含まれていました。また、2023年中に世界で撤回となった14,000論文のうち、3分の2に中国人著者が含まれていました。
*Hindawi Publishing Corporation:1997年にエジプトのカイロで設立されたオープンアクセス査読付ジャーナルの出版社。一時期また、2023年以降には7,000以上が不正な手段で量産された「ペーパーミル論文」として撤回されています。
このような事態を受け、中国政府は、不正に対する様々な取り組みを行っています。MOEからは高等教育機関における学術不正の調査取扱の実施規則が発行されました。政府主導の一斉不正調査なども実施されています。また、学位要件を定める新法も施行されています。学位申請者の正当な権利を守りながら質を担保し、学位授与の標準化を図っています。
さらに、中国科学院(Chinese Academy of Science:CAS)からは早期警戒学術誌リスト(Early Warning Journal List:EWL)が発表されており、投稿先としてふさわしくない疑いのあるジャーナルがリスト化されています。2024年分は2月に発表されました(リストはこちら)。
- 「ペーパーミル活動の疑いがある」
- 「中国人著者の割合が特に高い」
- 「APC(Article Processing Charge)の金額が不自然に低い/高い」
- 「引用操作(Citation Manipulation)の疑いがある」
などの基準をもとに決定されており、このリストは中国全土の研究機関で閲覧されています。リストに入れられたジャーナルは著者の投稿先オプションから外されるため、投稿が激減することになってしまいます。
3.中国製SNS活用の必要あり
独自の取り組みで世界一の研究発表数を誇る中国ですが、ジャーナルや論文のプロモーションツールも私たちとは異なります。LinkedIn、Google、Facebook、Xなどの私たちが慣れ親しんだものではなく、WeChat、Weibo、Zhihuなどをはじめとする、ドメスティックなメディアに研究者のコミュニケーションが集中しているところが特徴的です。
最も利用されているWeChat を例に取ってみると、
- 月間アクティブユーザー数13億超
- 16~64歳の生産年齢人口の78%が利用
- 1日82分のエンゲージメント時間
- 中国のモバイルデータトラフィックの34%を占めている
- ユーザーの83%が仕事でWeChatアプリを利用している
などなど、WeChatはジャーナルが著者とつながり続けるために不可欠なくらいに、強大なインパクトを持っています。
WileyやElsevier など最大手の出版社も、WeChatをはじめとする中国製SNSを積極的に活用して、著者サービスやジャーナルプロモーションを展開しています。また、これらのSNSを活用した中国での論文・ジャーナルプロモーションを専門とする企業もあります。
中国からの投稿が大きなウェイトを占めるようになった日本のジャーナルも、中国人著者とコミュニケーションを取り続けるチャンネルを持つ必要が出てきているのが現実です。