CSE参加報告1:学術出版の未来を切り開く「スタートアップ」企業

HOME > コラム >

CSE参加報告1:学術出版の未来を切り開く「スタートアップ」企業

2025年5月4~6日にアメリカ・ミネソタ州ミネアポリスにて、CSE(Council of Science Editors = 国際科学編集者会議)が開催され、今年も杏林舍から2名が参加しました。
(CSE全体の様子はこちら

少々時間が経ってしまいましたが本稿では、2025Council of Science Editors(CSE)年次大会のセッションの中で筆者が最も面白いと思ったセッション「Why Startups Find the Academic Ecosystem Exciting」を紹介します。
本セッションでは、学術出版におけるスタートアップ企業をとりまく環境について議論されました。特に、学術出版業界においてスタートアップがどのように価値を生み出し、成長していくのか、またその過程で直面する課題について、パネリストが具体的な経験を基に解説してくれました。

パネリスト紹介(イニシャル)
1. W.S(Silverchair)
学術出版プラットフォームの構築と運営に携わり、スタートアップとの協業や成長戦略を推進。
2. D.S (Hum.work)
スタートアップの共同創設者として、AI技術を活用した学術データの最適化に注力。
3. G.H (AIP Publishing)
学術知識の創出と普及に情熱を持ち、デジタル時代の出版戦略を推進。
4. T.V (DataSeer)
分子生態学のジャーナル運営から学術データのアーカイブ戦略を推進。データの共有と保存に関する取り組みを主導。
5. J.M
デジタルサイエンスの製品開発を担当し、スタートアップの支援にも尽力。

■セッションの概要

冒頭では、各パネリストが自身のキャリアと学術出版に関わるようになった経緯を共有してくれました。印象深かったのは、ひとりのパネリストがスタートアップの成功には「Hunger Games*」のような過酷な競争環境があるという例えをしていた点です。学術出版業界においては、資金調達や初期顧客の獲得が極めて困難であり、生き残るためには絶え間ない試行錯誤と多くの忍耐が求められることを示唆しています。

*「Hunger Games」: アメリカの作家 スーザン・コリンズ(Suzanne Collins) による小説シリーズ。近未来の独裁国家パネムを舞台に、毎年12の地区から選ばれた少年少女24人が最後の1人になるまで殺し合う「ハンガー・ゲーム」を描く。

続いて、業界が持続可能なエコシステムを育成するためには、どのように投資を促し、イノベーションを継続していくかについて議論されました。特に、スタートアップが生き残るためには、初期の顧客との関係構築や、顧客から得られるフィードバックへの柔軟な対応が重要であることが強調されていました。

■スタートアップの課題と成長戦略

スタートアップが直面する課題についても議論されました。特に、学術出版の伝統的なビジネスモデルに固執する体質が、新しい技術やサービスの導入を阻害している現状が示されました。また、スタートアップが初期の顧客を獲得し、信頼を構築する過程で、スタートアップの限られたリソースをいかに最大限活用し製品に反映するかという点が共通の課題として共有されました。

■エコシステムの改善策と成功事例

議論の中で、学術出版業界がよりオープンでイノベーションを受け入れやすい体制を構築するための3つの条件が紹介されました。

  1. 初期投資のハードルを下げる支援:特に若いスタートアップが初期段階で資金調達しやすい環境を整えることで、新しい技術革新が促進される。
  2. 初期顧客との協力関係:スタートアップが迅速なフィードバックを得られるようなパートナーシップを形成することで、製品の品質向上と市場への適応が加速。
  3. データの共有とオープンアクセスの推進:データアーカイブの強化と、オープンアクセスへの移行が、研究成果の透明性を高め、さらなるイノベーションを後押しする。

これらの成功事例として、Hum.work社が開発したAI駆動の「Alchemist Review」や、DataSeerのデータアーカイブ戦略が紹介され、学術出版における新たな潮流として注目されました。
「Alchemist Review」の特徴は、投稿論文のイニシャルチェック、論文要約の生成、論文の簡易的なクオリティチェックなど、AIがEditorに替わることのできる機能を備えている点です。簡易的とはいえ、論文の質的評価までAIが担っている点はこれまでになかった革新的な特徴です。
また、DataSeerの提供する「Compliance Checks」は、ジャーナルが持つデータシェアリングポリシーやオープンサイエンスポリシーといったオープンポリシーを、実際の論文内で使われるデータが遵守しているのかを分析レポートしてくれる画期的な機能を持っています。
オープンポリシーは一般的で包括的な表現にとどまり、研究者が要件を確実に満たすために必要な具体的情報が欠けていることがほとんどです。このCompliance Checks により、オープンポリシーの遵守が確実に担保され、遵守の証拠も提示できるようになります。

■スタートアップと伝統的出版社の協業モデル

スタートアップと伝統的な学術出版社の協業は、両者の強みを最大限に活かすことで新しい価値を創出します。特に、伝統的な出版社が持つ市場へのアクセスと、スタートアップの持つ革新的な技術が組み合わさることで、学術情報の流通が効率化されると考えられます。
SilverchairとHum.workの協業では、AIを活用したデータ解析と出版ワークフローの効率化を、DataSeerとの連携ではデータのアーカイブや再利用を促進することで、研究成果の透明性を高めることを期待されています。

■学術出版の未来展望

セッションの終盤では、学術出版業界の未来について議論が行われました。特に、別記事(S1M NEWS 30号)でも紹介したとおり、AI技術の進化により、データ解析や自動査読の実装が期待されています。また、オープンアクセスのさらなる推進が、研究者への情報アクセスを容易にし、学術的な発見の加速をもたらすと考えられています。
さらに、スタートアップが新しい研究成果の迅速な発信やデータの共有を促進することで、業界全体の透明性と効率が改善されることが期待されます。

■さいごに

今回のセッションを通じて、多くのスタートアップの参入により、学術出版のエコシステムに革新的な変化が起きつつあることを実感しました。特に、伝統的な出版社との協業、オープンアクセスの推進、AI技術の活用による効率化は、今後の業界発展の鍵となるでしょう。エコシステムの持続的な成長には、さらなるイノベーションと利害関係社間の協力関係の強化が求められています。
Seeklでは、このような海外スタートアップ企業との協業も積極的に進めており、最新のツールをいち早くジャーナル運営に導入しています。新しいツールに興味がある方はお気軽お問合せください。