前回に引き続き、2025CSE年次大会で行われた興味深いセッションをご紹介します。
「Is There Such a Thing as a Scholarly Publishing Influencer?(学術出版における“インフルエンサー”は存在するのか?)」
インフルエンサーとは、SNSやブログなどを通じて、フォロワーや世間の人々の思考や行動、特に購買意欲に大きな影響を与える人物のことです。特定の分野に特化した情報発信者であり、信頼されることで大きな影響力を持っています。
最近ファッションやエンタメ分野ではよく耳にしますが、学術出版分野ではどうでしょうか?
■学術出版界の”インフルエンサー”
本セッションは、学術出版分野において「影響力を持つ個人」がどのように形成され、どのように業界全体に貢献しているのかが議論されました。パネリストはJ.R(Wolters Kluwer Health)、C.C(American Society for Investigative Pathology)、D.M(Wolters Kluwer)、そしてJ.P(Cactus Communications)の4名で、それぞれが異なる立場から学術出版と情報発信のあり方について語ってくれました。
モデレーターを務めたのはJ.R氏で、彼女自身が「Science Editor」誌へ寄稿したことをきっかけに、自らも“学術出版インフルエンサー”として活動してきた経緯を紹介したことから、議論は自然と実体験に基づく内容となっていきました。
まず印象的だったのは、パネリスト全員が「自分を特別なインフルエンサーだとは思っていない」と語った点です。むしろ、日々の交流やSNSでの情報共有を通じて、業界仲間や若手編集者、研究者に自然に影響を与える存在でありたいという姿勢を持っていました。
C.C氏は、AIを活用した出版支援活動や非営利団体でのボランティア経験を通じ、「誰もが影響を与える立場にある」ということを強調していました。彼女は現在、AIを学術出版に応用する国際的コミュニティ「AI Community of Interest(COI)」を共同運営しており、300名近い会員が月次で意見交換を行っているそうです。AIの専門家としての知見だけでなく、コミュニティ運営者としての献身的な姿勢が、筆者にとっても良い刺激になりました。
一方、Wolters KluwerのD.M氏は、長年にわたり編集戦略とインパクトファクター(IF)政策を担当してきた実務家としての視点から、「理論よりも実践を重視することの大切さ」を語っていました。学術出版業界では、Impact Factorやオープンアクセスなどの議論が理想論として展開されがちですが、それを実際の編集・経営判断にどう反映させるかが重要だと言っていました。
また、彼は「社内外のコミュニティに知見を共有することは、競合へ情報提供するだけの間違った行為ではなく、業界全体の健全性を高める行為である」と述べ、利害を超えた知識共有の重要性を強調していました。
日々の業務の中で競合他社との情報共有に、つい保守的になりがちな筆者にとっては非常に有意義な意見でした。
Cactus CommunicationsのJ.P氏は、ビジネス開発の立場からSNSを通じた意見発信のあり方について語ってくれました。印象的だったのは、彼は「投稿は多くする必要はない。むしろ、考えてから発信することが重要」言っていた点です。また、LinkedInなどで他者の投稿を安易にシェアするのではなく、自分の見解を添えることが「信頼される声」を形成する第一歩であると言っていたことも印象的でした。
■学術出版インフルエンサーの心得
セッション後半では、SNSでの誹謗中傷や否定的コメントへの対応も議論されていました。J.R氏は、自身のTikTok投稿に対して容姿を批判するコメントを受けた経験を笑いながら紹介し、「削除せず残しておくことで、コメントした側の幼稚さを示すことができる」といった発言をされた時に会場から拍手が沸いたことが印象に残っています。
この姿勢には、批判を恐れずに発信を続ける強さと、ユーモアをもって受け流す余裕を感じました。D.M氏も「Scholarly Kitchen」のコメント欄の過去の厳しさを振り返りながら、「意見交換の場における敬意の重要性」を指摘していました。
さらに議論は、「どのように学び、情報を整理しているか」という実践的テーマにも及びました。多くのパネリストが「毎朝や週の初めに学術ニュースや業界ブログを読む時間を確保している」と発言しており、情報過多の中での情報を選択的に収集する「リズム」を作ることが必要なのだと実感しました。情報収集を習慣化することで新しいアイデアの種を見つけられるということですね。
終盤では、企業に属する立場でどこまで個人の意見を発信できるかというバランスの難しさも話題にあがりました。一名が「所属企業への配慮が必要なテーマでは、匿名投稿や執筆の見送りも検討する」と述べたのに対し、もう一名が「企業方針に反する内容でも、自分が正しいと思う意見は発信する」と対照的な姿勢を見せていたのも、それぞれの個性が現れていて興味深いやり取りでした。
■本セッションを通じて
本セッション全体を通じて強く印象に残ったのは、「意図を持つこと」の重要性です。「何を目的として発信し、誰に影響を与えたいのか」を明確にすることが、真の意味での“インフルエンス”につながるという点です。単なるフォロワー数や拡散数ではなく、業界や社会に対して具体的な行動変化を促すような影響こそが、学術出版における影響力の本質なのだと感じました。
SNSやAIを活用した発信は、今後の編集者・出版関係者にとって避けて通れない要素ですが、単なる宣伝やトレンド追随ではなく、「自分が何を信じ、どのように社会に貢献したいのか」という軸を持つことが必要ですね。
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