CSE2026ではAI関連のセッションが数多く開催されました。中でも関心を集めていたのが、AIライセンシングを扱ったパネルディスカッションです。
AIライセンシングとは、出版社や学会が持つ論文・ガイドラインなどのコンテンツについて、AI企業による利用を許諾する取り組みです。利用形態は大きく二つあります。ひとつはコンテンツをAIモデルの学習データとして使うケース、もうひとつは利用者の質問に答える際に、関連する論文やガイドラインを検索して回答に使うケースです。前者はLLM(大規模言語モデル)の学習利用、後者はRAG(Retrieval-Augmented Generation)と呼ばれます。
この分野ではまだ標準的な合意の進め方が確立していません。どこまで利用を認めるか、対価をどう設定するか、AI企業との関係をどう位置付けるか、といった論点が残されています。登壇したアメリカ臨床腫瘍学会、アメリカ化学会、Elsevier、Wileyの担当者も、各社の取り組みを紹介しながら、業界全体で模索している段階にあるとの認識をもっていました。
AI企業との関係をどう捉えるか
興味深かったのは、アメリカ臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology = ASCO)の発表です。ASCOはAI企業を単なるコンテンツの利用者とは見ていません。これまで研究者や医療従事者は、学会や出版社が提供する論文から直接情報を得ていました。しかしAIに質問して答えを得ることが一般化すれば、人々が学術情報に触れる入口はAIへ移っていきます。
そのためAIライセンシングは、単に利用料を得るための取り組みではなく、学会や出版社が担ってきた役割そのものに関わる問題として捉えられていました。
実務面では、ASCOが契約交渉の主導権を重視している点も印象的でした。契約書はASCO側が用意し、排他的な利用許諾は認めない方針です。また、AI企業を安易に「パートナー」と呼ばないことや、学会ロゴの利用を厳格に管理するなど、AI企業に対する強い警戒感が伺えました。
背景には、AI企業はコンテンツだけでなくブランドも利用したがっているという見方があります。特に医療分野では、著名な学会との関係性がサービスの信頼性につながるため、ロゴや名称も重要な交渉材料になるとのことでした。
AI時代に求められる出版社・学会の役割
セッションでは、AI企業との契約だけでなく、学術情報の信頼性をどのように維持するかという点にも話題が及びました。
アメリカ化学会の登壇者は、AI活用が進む中で「責任あるAI」の重要性を強調していました。AIの回答に偏りがないか、どの情報をもとに回答を生成したのかを説明できるか、といった点は今後ますます重要になりそうです。
また、AI企業が学術コンテンツを十分に理解できているとは限らない、という指摘もありました。例えば論文の導入部分は研究の背景説明が中心ですが、AIがそこから不適切な情報を拾ってしまう可能性があります。プレプリントやリポジトリから取得したコンテンツでは、訂正や撤回の情報が反映されていない場合もあります。
こうした課題を踏まえると、コンテンツの品質管理や信頼性確保という出版社・学会の役割は、AI時代にも重要であり続けます。
Elsevierの登壇者は、学術出版業界ではこれまでオープンアクセスが大きなテーマだったが、現在はAIがそれ以上の変化をもたらしつつあると話していました。一方で、AIが普及したとしても査読を経た信頼性の高いコンテンツの価値は変わらず、むしろ重要になるのではないかとのことでした。
Wileyの登壇者は、AIによる翻訳や情報アクセスの向上に期待を示しました。英語を母語としない研究者や医療従事者が学術情報にアクセスしやすくなれば、研究成果の活用機会が広がります。AIを脅威とだけ見るのではなく、学術情報へのアクセスを改善する手段として活用する視点も印象に残りました。
共通課題は人材不足
多くの登壇者が共通して挙げた課題は、人材不足でした。多くの出版社や学会が既存業務を抱えながらAI対応を進めています。AIライセンシングには著作権、契約実務、データ管理、AI技術など幅広い知識が必要ですが、これらを横断的に理解できる人材は限られています。
今回のセッションを通じて感じたのは、AIの普及によって学術コンテンツの価値が下がるとは考えられていないことです。むしろAIが正確な回答を出すには、査読を経た信頼性の高いコンテンツが欠かせず、その重要性は今後も続くという認識が共有されていました。
AIライセンシングはまだ発展途上の領域です。しかし学会や出版社が自らのコンテンツ価値をどう守り、活用していくかを考える上で、避けて通れないテーマになりつつあります。

