はじめに
世界中で、学術論文の投稿数は増え続けています。一方、査読を担う研究者の数は投稿数ほど増えていません。また査読依頼は、国内の研究者や欧米の研究者に集中しやすく、査読者のプールには偏りがあります。
その結果、査読者一人あたりの担当件数は増え、査読にかかる負担は年々大きくなっています。
こうした重圧のなかで、研究者はさまざまな「工夫」を凝らして査読しています。しかし、効率化のための工夫が、時に問題を生み出すことがあります。
今回は、査読コメントテンプレートの使用、生成AIの利用といった査読者の工夫とその問題について見ていきます。
査読コメントのコピペは悪いのか?
査読コメントを書くことは簡単ではありません。論文の内容を理解し、問題点を整理し、著者が修正に活かせるよう、明確かつ建設的に書く必要があるためです。
そこで、典型的なコメントのテンプレートをいくつか用意し、それらを組み合わせて査読コメントを作成することがあります。これは、単に作業時間を短縮するだけでなく、英語で文章を書くことに不慣れな査読者にとっても有効な方法です。
たとえば、次のような表現は、査読で頻繁に使われます。
- “The authors should clarify this point.”
- “Additional discussion is required.”
- “The methodological details are insufficient.”
- “The conclusions should be supported by further evidence.”
こうした定型的な査読コメントのテンプレートが個人の範囲を超え、組織的に行われることもあります。たとえば、研究室や研究者の仲間内でテンプレートを共有するケースです。
連綿と受け継がれてきたテンプレートは、特に経験の浅い研究者にとって強力なツールとなるでしょう。
こうした定型表現やテンプレートの利用自体には問題ありません。
しかし、結果として本文の読み込みが浅くテンプレート外の問題を見落としてしまう、テンプレート文ばかりを並べてしまう、といった問題が起きやすくなるため、過度な依存には注意が必要です。
査読コメントの目的は、研究の弱点を指摘し、論文の質を高めることです。テンプレートを使う場合でも、論文固有の内容に合わせて書き換え、著者が具体的に何を修正すべきか説明できていることを確認すべきでしょう。
生成AIの利用
そのほか、近年査読者が行う「工夫」として、生成AIの利用も挙げられます。
生成AIの使い方はさまざまです。文章の翻訳や英文校正に使う場合もあれば、論文の要約を作成させたり、査読コメントそのものを生成させたりする場合もあります。
生成AIは、適切に利用すれば文章作成を支援する便利な道具です。しかし、査読における利用については、現在も議論が続いています。実際、生成AIの利用を禁止、または厳しく制限しているジャーナルも少なくありません。
最大の問題は、審査中の論文が未公開の機密情報だという点です。論文を生成AIに入力すると、その内容が外部サービスに送信される可能性があります。サービスによっては、入力データが保存・利用される場合もあります。
そのため、論文全文を生成AIに入力し、査読コメントを丸ごと作成させるような使い方は、多くのジャーナルで認められていないでしょう。これは単なる文章作成の問題ではなく、著者の未公開データやアイデアを漏洩させる危険につながります。
比較的慎重な使い方としては、自分で作成した査読コメントの文法や表現を確認することが考えられます。ただし、全面的に生成AIの利用を禁止しているジャーナルも少なくないため、事前に査読方針を確認しておくべきでしょう。
また、生成AIが作成した文章には、事実と異なる内容や、論文に存在しない問題点が混ざる可能性もあります。使用が許可されている場合でも、提出前には必ず全文を注意深く確認する必要があります。
「工夫」が「問題」に変わるとき
ジャーナルは、査読者をその分野の専門家、あるいは論文を適切に評価できる人物として選びます。査読者には、論文を慎重に読み、公正かつ独立した判断をすることが期待されています。
その前提から考えると、論文に合わないコメントの機械的な使い回し、生成AIへの丸投げ、は、健全な査読から大きく離れています。
査読は、単なる形式的なチェックではありません。研究成果を学術コミュニティに受け入れるかどうかを判断する重要な仕組みです。査読が形骸化すれば、誤った研究結果や不十分な研究が公表される可能性が高まります。
さらに、査読不正が広がると、研究者や読者が論文を信頼できなくなります。これは個別の論文だけでなく、Peer Reviewという仕組みそのものへの信頼を破壊する行為です。
また近年ではこうした査読の「工夫」を悪用し、査読者に支払われるAPCの割引クーポンや謝礼を目当てに不適切な査読を提出するケースや、金銭と引き換えに実在する研究者になりすまし、肯定的な査読結果を提出する組織的な犯行(Review Millと呼ばれることもあります)も報告されています。
こうした不正行為について著者や編集委員から申告を受けた際には、ジャーナルとして調査が必要になります。
査読者の負担をどうするか
査読の誤った工夫について、査読者を一方的に責めるだけでは問題は解決しません。
査読者の負担を放置すれば、査読の遅延や質の低下、不適切な効率化を招きます。出版社や学会は、査読者のプールを広げるだけでなく、対策を検討する必要(参照: CSE参加報告2:査読の新たな可能性 )があります。
査読者側も、依頼を引き受ける際には、十分な時間を確保できるかを考える必要があります。対応できない場合は、無理に引き受けず、早めに辞退することも責任ある選択です。
まとめ
査読におけるさまざまな工夫は、ジャーナルの方針に従い、機密情報を守りながら慎重に使うのであれば、一定の補助的役割を果たす可能性があります。
一方で、使い方を間違えてしまうと、査読の本来の目的に反する結果になりかねません。
査読者の負担が増え続ける現在、効率化は避けて通れない課題です。だからこそ必要なのは、単に「速く処理する」ことではなく、査読の公正性と機密性を守りながら、持続可能な制度をつくることです。
[参考記事]
- 新たなる脅威「査読工場(review mill)」 (参照: https://magazine.jpcoar.org/news/80ba13b1-ab85-4917-9040-00a47fabc330 )
- Cite this as: COPE Council. COPE Ethical guidelines for peer reviewers — English.
(参照: https://doi.org/10.24318/cope.2019.1.9 ) - 英国物理学会出版局(IOP Publishing)、重複査読を検出する機械学習ツールを開発 (参照: https://current.ndl.go.jp/car/279188 )

